番外編2
Crocusスピンオフ——過去編——
Crocusスピンオフ——未来編——
Crocusスピンオフ——if編——
Crocusスピンオフ——質問編——
「汐先生、またネクタイ増えました?」
「お、よく気づいたなぁ。さすが優君!」
藍河沢高校の教室。
生徒たちは放課後の雑談を楽しみ、汐はいつものように教師としてそこにいた。
「今日は……ネイビーにしたんスね」
環がちらりと汐の胸元を見る。
「うむ、シンプルイズベスト」
「でも先生って、地味に変な柄のも持ってますよね」
「んん、“変な”は余計ですよ」
優や環が冗談めかして笑う。
そんな日常が、汐にとっては当たり前になっていた。2025年 - エクリプス
——“教師”だった男は、もう教壇にはいなかった。
彼の目の前にあるのは、黒板ではなく、モニター。
教室ではなく、研究施設。
そして、生徒ではなく、“研究者”たち。
「……」
汐は椅子に深く座り、ため息をついた。
「茂山さん、このデータ、確認してもらえます?」
「……はい」
手渡されたファイルを開く。
そこには“平行世界に関する最新の報告”が並んでいた。
研究——
それは、彼にとって縁のない世界だったはずだ。
「……何で私は、ここにいるんだろうな」
誰にともなく呟く。
“生徒たちの未来のため”。
それが彼の答えだった。それで良いはずなのに。
“教師のいない教室”。
どこかの高校に、汐の姿はない。
彼がいた席は、誰か別の教師が座ることになるだろう。
それでも、汐は思う。
「——また、教壇に立てるならいいのになぁ」
今はまだ、研究者としての道を歩いている。
だけど、彼の心の中には、今も”教室”があった。
そしていつか——
「おーい、先生!」
“いつかの生徒たち”の声が、どこかで響いた。
2030年 - とある高校
「……おーい、そこ、居眠りすんなよ」
優は教壇に寄りかかりながら、前列で舟を漕いでいる生徒を指した。
「え、あ、すみません!」
「まったく……まあ、俺も昔は授業中によく寝てたしな」
生徒たちがクスクスと笑う。
「先生も寝てたんすか?」
「そりゃあな。特に興味ねぇ授業は地獄だった」
「え、じゃあ先生が一番寝てた科目って何だったんですか?」
「……んー、化学とか?」
「あれ、でも先生、理系の大学出てません?」
「俺が本気出せば、そりゃ何でもできるんだよ」
優は冗談めかして笑ったが、生徒たちは半信半疑の表情を浮かべる。
「絶対嘘だ」
「お前らな……先生をもうちょい信じろよ」
「無理っすね」
——まさか、俺が教壇に立つとはな。2030年 - 研究施設
「佐藤さん、こちらのデータ、確認お願いします」
「おう」
優は手渡されたタブレットを覗き込み、数値をざっと確認する。
“研究者”と”教師”。
今の彼は、その二つを掛け持ちしていた。
元々は勉強なんて大して好きじゃなかった。
だけど、気がつけば研究なんてものに関わっていた。
「佐藤さん、そろそろ授業の時間ですよ」
「あー、そっちもあったな」
研究の合間に、高校へ向かう。
スーツの襟を軽く直し、ネクタイを緩める。
“研究者”から”教師”へと切り替わる瞬間。
この二つの仕事は、意外と悪くない。2030年 - 教室
「で、お前ら。……ここの問題、解けるやついるか?」
優は黒板を軽く叩いた。
生徒たちが顔を見合わせる。
「あー……先生、それ前回のテストに出ましたよね」
「お、よく気づいたな」
「じゃあ、また出すんですか?」
「さぁな」
「うわー絶対出すやつだ」
「……で、解けるか?」
「ちょっと待ってくださいよー!」
生徒たちが慌ててノートをめくるのを見て、優は口元をゆるめる。“研究者”としての知識。
“教師”としての経験。その両方を持っているからこそ、伝えられることがある。
「お前ら、なんでも疑問に思えよ」
優はチョークを指で転がしながら言った。
「“知る”ってのは、悪くないぞ」
窓の外には、穏やかな青空が広がっていた。
水谷光 美学「美とは何か?そんな問いが許されるなら、私はこう答える。美とは、思考そのものだ。だが、それを定義することは不可能に近い。“定義する”という行為そのものが、すでに”美”を損なう。なぜなら、定義とは”限定”であり、“限定”とは”可能性の切断”だからだ。“美”が本質的に持つ価値は、“可能性の無限性”にある。ゆえに、美を語ることは、それを破壊することと同義だ。だが、それでも私は語らずにはいられない。語らなければ、“美”は”存在”しないからだ。“完璧な形”は美しいのか?数学における完全数、音楽における純正律、建築における黄金比。それらは確かに”美しい”とされている。しかし、それは”規則”があるからではないか?では、“規則なきもの”は美しくないのか?違う。“混沌”にも”美”はある。“意図せず生まれた造形”、“不規則な響き”、“無秩序な現象”……それらを見出す者がいれば、それは”美”となる。ならば、美とは”観測”なのか?“観測者”がいなければ、美は存在しないのか?それとも、美そのものが”観測者”を必要とせずに成立しうるものなのか?そこには、一つの矛盾が生じる。“美”を求める者は、“美”を破壊する。なぜなら、それを求めた瞬間、“美”は”目的”に変わるからだ。目的とは、終点を定める行為。“美”が”終点”を持つなら、それは”限界”である。“限界”を持つものは、“無限”ではない。“無限”でないものは、“完全”ではない。“完全”でないものは、美しいのか?それとも、美しくないのか?いや、そもそも”完全”とは何だ?“完璧”とは、誰が決めるのか?“神”か?“数式”か?“思想”か?“私”か?……私は、どれも違うと思う。“美”とは”純粋な意志”であるべきだ。“迷い”があってはならない。“不確定性”は”美”を歪ませる。“美”とは、“絶対”であり、“不可逆”であり、“不可侵”でなければならない。だが、それは実現可能なのか?“変化”を許さないものは、“静止”する。“静止”は”思考の停止”を意味する。“思考の停止”は、“認識の消失”を生む。“認識の消失”は、“美の死”を意味する。つまり、“美”とは動き続けなければならない。“変化しながらも、変化しない”という矛盾を内包する概念でなければならない。“私は美を理解しているのか?”……いや、それは間違いだ。“美”とは理解するものではない。“美”は”存在”しない。“美”は”過程”であり、“結果”ではない。“探求”の行為そのものが”美”である。“答え”など、求めるべきではない。なぜなら、“答え”があるという時点で、それはすでに”美”ではなくなるからだ。では、私は何を求めているのか?“美”か?“真理”か?“完全性”か?……違う。“美”とは、私が決めるものではない。“美”とは、“私”そのものだ。“私”が”私”である限り、“美”は存在する。“私”が”私”でなくなった瞬間、“美”は崩壊する。では——“私”とは何なのか?……結局、“美”とは?」
「……」
カイはポケットに手を突っ込みながら、だらしなく肩を落とした。
この路地裏に用があったわけじゃない。ただ、なんとなく歩いているうちに辿り着いただけ。
昼過ぎの空は重たく垂れ込め、今にも雨が降り出しそうだった。
湿った風が頬を撫で、どこか遠くで雷の気配がする。
「まぁ、降るでしょう……」
天気予報なんて見なくても分かる。
空気がそう言っている。
カイは欠伸をかみ殺しながら、無造作に角を曲がる。
その瞬間——
「……お?」
足が止まった。
視線の先、古びた建物の軒下に、小さな影がうずくまっていた。
黒ずんだコンクリートの隙間に、丸まるようにして身を潜めているのは、小さなネコだった。
まだ幼いのだろう。白と黒のまだら模様。痩せた身体。
つぶらな瞳がじっとこちらを見つめている。
カイは少しだけ目を細めた。
「……あなた、そこで雨宿りのつもりですか?」
ネコは小さく鳴いた。
さほど怯えた様子もなく、ただじっとこちらを見ている。
「……そうですか」
カイは足を止め、少しだけ考えた。
こんな場所にいるくらいだ、飼い主がいるわけでもないだろう。
軒下とはいえ、完全に雨を防げるわけじゃない。
まぁ、別に関係ない。
関係ないが——
「……まぁ、別にいいけど……」
ポケットから手を出し、指を軽く弾く。
——空間がわずかに歪んだ。
軒下を覆うように、見えない薄膜が形成される。
風も雨も通さない、ごく簡単な結界。
どんなに強い雨が降っても、ここだけは決して濡れない。
「サービスですよ」
ネコは小さく鼻を鳴らし、ぺろりと前足を舐めた。
何かを理解したわけでもないのだろうが、少なくともここが”安全な場所”だということは察したらしい。
カイは肩をすくめる。
「……恩返しとか、いらないですよ?」
念のため釘を刺しておく。
ネコが本当に理解しているかは知らない。
だが、別にそれを期待してやったわけでもない。
ただ、気が向いただけだ。
カイはポケットに手を戻し、歩き出す。
数歩進んで、ふと振り返った。
ネコは、さっきと変わらず軒下で丸くなっていた。
まるで、何かを信じているような、そんな穏やかな顔をしていた。
結界は、ほとんど見えない。
だが、確かにそこにある。
「……悪くない」
ぽつりと呟き、カイは足を速めた。
——その直後、遠くで雷鳴が轟く。
一瞬の静寂の後、ぽつぽつと大粒の雨が降り始めた。
乾いたアスファルトを濡らし、通りを霞ませる白い帳となる。
背後を振り返ることはしなかったが、ネコが濡れることはない。
それだけで十分だった。
佐藤 マサミ(♀)
「はいはい、みんな席ついてー。授業始まるよ」
佐藤マサミは生徒会副会長らしく、机に腰掛けながら友人たちを軽くあしらう。
元の彼と同じく、基本的に真面目そうに見えるが、内心ではめんどくさがっている。
「……ねぇ、サダコ? その鏡、もう30分くらい見てない?」
隣の席の田中サダコが、手鏡をじっと見つめながら、ため息をついていた。
「んー? いや、今日は前髪の調子が悪いんだよね。ほら、ここがこう……」
「いや、誰も見てないから大丈夫だって」
「お前はいいよな、何もしてなくても可愛いって言われるタイプでさ……」
「褒めてる? それとも嫌味?」
「両方」
「どっちかにして」
そんな会話をしながら、マサミはちらりと後ろの席を見た。
山田タマミが、腕を組んでじっと前を睨んでいる。
「……タマミ?」
「あー、ごめんごめん。今、ヒロナのやつがまたどっか行ってんじゃねぇかって考えてた」
「行ってんじゃねぇか、って……ヒロナならそこにいるよ」
タマミが指差した方向では、斉藤ヒロナが窓際でイヤホンをつけ、うつらうつらしていた。
「……あの子、寝てんの?」
「多分ね」
「いや、授業始まるよ?」
「起こすのめんどい」
「私ら、もうちょっとしっかりしようか……」
タマミは頭をかきながら、「あいつはほっといても大丈夫だろ」と開き直る。
まったく、男だった頃と何も変わらない。渡部 コウメ(♀)
「よーし! 今日の実験は大成功だよー!」
放課後の理科室。渡部コウメが、手袋をはめたまま得意げに胸を張っている。
「……で、それ、何の実験だったの?」
「え? んー、なんかね、冷蔵庫の温度を一定に保つ方法を試してたの!」
「……つまり?」
「すごくない?」
「いや、だから何をどうしたのか教えてくれない?」
「えっとねー、氷とドライアイスを——」
「コウメ、それ化学じゃなくてただの冷蔵技術」
「あはは、そうだねー!」
「笑ってる場合じゃないよ……」
コウメは能天気な笑顔を浮かべながら、机の上に広げた道具を片付け始める。
技術屋気質なのは、性別が変わっても同じらしい。
「それよりさ、マサミ。今日どっか寄ってく?」
「んー、どうしよっかな」
「たまにはお茶でもしよっか? サダコも一緒にさ」
「あたしはパフェが食べたい」
「じゃあ決まり!」
こうして、彼女たちは放課後のカフェへ向かうのだった。斉藤メグル(♂)と斉藤マコカ(♀)
「……姉ちゃん、そろそろゲームやめなよ」
「……うーん」
斉藤メグルは、部屋の隅でスケッチブックを広げながら、ゲームをしている姉・マコカをチラ見した。
マコカはリモコンを握りしめたまま、眉間にしわを寄せている。
「くっそ……ここのボス、マジで強い」
「……それ、昨日から同じこと言ってない?」
「なめんなよ、これは戦いなんだよ」
「ただのゲームでしょ」
「違う、これは誇りの問題……!」
「はいはい」
メグルは肩をすくめ、スケッチブックにペンを走らせた。
姉ちゃんは、昔から無駄に熱くなるタイプだ。
性別が変わっても、変わらないことはたくさんあるらしい。榊原 リンカ(♀)と辻 ハツネ(♀)
「辻さん。女になっても相変わらず真面目すぎッス?」
「……別に」
「もうちょい気楽に生きてもいいんじゃないっスか?」
「気楽に生きる警察官なんて聞いたことがない」
「まぁ、そうかもしんないけど……」
リンカは、団子を片手に言った。
「それに、お前も別に変わらないな」
「へ?何が?」
「口調とか態度とか、男だったときとほぼ変わってない」
「まぁ、そうっスね」
「ほら、そういうとこ」
ハツネはため息をつきながら、コーヒーを口にした。
性別が変わろうが、二人の関係は結局変わらないらしい。
「もしも光が“最初から味方”だったら」2023年、エクリプス本部
「やぁ、君たち。ようこそ、エクリプスへ」
シンプルな黒のシャツを着た男が、にこやかに手を広げる。
——水谷光。
優は直感的に、この男が“ここ”のトップだと悟った。
「……お前が、エクリプスの人間か?」
「正確にはね、私はこの組織の研究者であり、ちょっとした管理者でもある。まぁ、そんな肩書きはどうでもいいんだけど」
光は人懐っこく笑う。
「君たちを“研究対象”にするつもりはないよ。むしろ……ようやく会えたね」
優は思わず眉をひそめた。
「……どういうことだ?」
「いやぁ、ずっと探してたんだ。君たちのことをね」
「……探してた?」
「そう。平行世界を巡って、ようやく見つけたよ。“紅顕病”を持つ者たちを」
光は、自分がまるで”奇跡を見つけた科学者”のような顔をする。
「君たちを助けるために、ずっと研究をしていたんだ」*“水谷光が最初から敵ではなく、味方だったら?”
「エクリプスの一部に守られる世界」
——もしも、最初から水谷光が味方だったら?
——もしも、彼が監視者ではなく“研究者として協力する存在”だったら?
この世界の優たちは、敵と戦う必要はない。
だが、“味方”であるはずの光が、本当に信用できるのか——それは分からない。
「……ふふっ」
光は研究室のモニター越しに微笑む。
「この世界は、どう転ぶんだろうね?」
“彼が最初から味方だった”世界線——それは、安心か、それとも……?
Crocus –「創られた物語」「おかしいと思ったことはない?」
孝がそう言ったのは、夜の公園だった。いつも通りのはずなのに、どこか違う気がした。街灯の下に集まった俺たち五人は、まるで何かに導かれるように集まっていた。
「何が?」
環が訝しげに尋ねる。
「……すべてだよ。僕たちのこの世界も、今までの出来事も」
孝はポケットから小さな端末を取り出し、ホログラムのように情報を映し出した。画面に浮かび上がったのは、見たことのないファイルの羅列。その中に、一つだけ俺たちの知る名前があった。《Crocus》「……なんだこれ」
俺は思わず呟いた。見覚えのある単語だ。けれど、なぜこんなところにある?
「開くよ」
孝が慎重にファイルを開く。瞬間、俺たちの心臓が跳ね上がる。そこには、俺たちの人生の詳細が書かれていた。《プロジェクト・Crocus》
•目的:平行世界の概念を物語として形成し、その反応を観測する
•対象:藍河沢高校の生徒、および関係者
•主要キャラクター:佐藤優、山田環、渡部孝、田中理、斉藤紘など
•第一部の展開:バス事故を発端とした監視生活
•第二部の展開:エクリプス加入、紅顕病の謎解き
•結末:██████「……ふざけんな」
紘が低く唸った。
目の前の文字が、どれほど異常なものか、一目で分かった。これは俺たちの物語だ。だけど、それは「作られたもの」だとでも言うのか?
「俺たちは……誰かに、創られた?」
環の声が震えていた。俺の手も微かに震えている。
「信じたくないけど……このデータは偽物じゃない」
孝が言った。
「これは、ある場所からハッキングして手に入れた。《alga》の機密データの一部だよ……」
《alga》。俺たちが存在している世界の外側。そして、このファイルの内容が正しいなら、俺たちは物語の登場人物としてデザインされた。
「冗談じゃない」
理が歯を食いしばる。
「じゃあ、俺たちの感情も、苦しみも、全部仕組まれてたってのか? 俺があんなに……お前に嫉妬したことも?」
「……そうかもしれない」
孝が目を伏せる。
「ふざけるなよ!!」
理が拳を振り上げた。けれど、その手は振り下ろされないまま、宙で止まる。紘がそれを掴んでいた。
「それなら……それなら、俺たちは何なんだよ」
紘が呟く。
「ただの人形か? 物語のために、誰かに作られた操り人形なのか?」
誰も答えられなかった。
世界が崩れるような感覚がした。俺たちの人生は、本当に俺たちのものだったのか? 喜びも、悲しみも、苦しみも、全部「書かれた」ものだった?
「でも」
環がぽつりと言った。
「だったら……この先も決まってるってこと?」
「……いや、違う」
孝が首を振った。
「このファイルは未完成だよ。結末が隠されてる」
「なら、俺たちがどう生きるかは、まだ決まってねぇってことか?」
環が俺を見た。俺は息を呑んだ。
「もし俺たちが物語のキャラだったとしても……俺は、お前らといた時間を、嘘だなんて思いたくない」
「俺も……そう、思う」
俺たちは静かに頷いた。たとえ誰かに創られた存在だったとしても、それでも、ここにいる俺たちが本物だ。俺たちが俺たちであることを、誰にも否定させやしない。
「……だったら、俺たちの物語は、俺たちが決めるんだ」
夜風が吹いた。世界が作られたものだとしても、今感じているこの風は確かに本物だった。
これは、Crocus-II番目の幽閉-が始まる、少し前のお話である——「「留年!?!?」」理と紘の叫びが、静まり返った教室に響き渡る。
この高校はもともとユルい。課題の提出が遅れても適当に許されるし、授業中に居眠りしていても大して怒られない。
だからこそ、まさか自分たちが留年することになるとは、夢にも思わなかった。「授業の出席回数が足りないから、補習を受ければ進学できると言ったはずですよ」教師の茂山汐が、呆れたように言う。
汐は普段、温厚で適当な教師だった。あまり生徒を厳しく指導することもなく、何か問題が起こっても、冷静に考えつつも「まあまあ」と軽く流すことが多い。
しかし、今日ばかりは違った。「本当に恥ずかしいです、私の生徒が……」声には、明らかな落胆と自責の念がにじんでいた。
理はため息をつき、ぽつりと呟く。「……気まずいな……一年をもう一回やるとか……」
「なあ……一年をやり直すってことは、俺ら、また一年生ってこと?」
「そりゃそうだろ……っていうか、マジでヤバくね?」紘が腕を組みながら言うと、理は頭を抱えた。
成績が悪いとはいえ、さすがに留年まではしないだろう——そう油断していた。
進級できるかどうかの話を聞いたのも、結局ギリギリになってからだった。
教師たちも「まあ、ギリギリなんとかなるだろう」と思っていた節がある。
だが、現実は非情だった。「……で、俺らってさ……同級生とクラス変わるの?」紘が思い出したように尋ねる。「もちろんです。留年したということは、あなたたちは来年度、新しい一年生たちと同じクラスになるということですよ」「……」汐の言葉に、二人は沈黙する。
この高校は人数が少ないので朝のHRを一、二年で一緒にやったり、合同でなにかとすることが多い。
だから留年しても同じ空間に入れることは多いが……
それにしても……
だとしても……「俺、誠と同じクラスじゃね?」紘が呆然とつぶやいた。
紘の弟・誠は次で一年生。
つまり、来年から紘は誠と同じクラスで、一緒に授業を受けることになる。「それはなんか、乙」理が半笑いで言うと、紘の目が一瞬で鋭くなる。「お前!!」煽られたことにムカついたのか、紘は理に拳を振りかざす。「おっと……」汐が慣れた様子で間に入るが、毎回のことながら、なぜか絶妙なタイミングで回避される。
結果、紘の拳はむなしく空を切った。「危ないですから、本当に……退学になるかもしれませんよ?」汐は心底疲れた顔でそう言った。「でももう成績を出す期限も過ぎてしまったので、仕方ないことです……」言葉の端々に、もはや諦めの色が滲んでいる。
教師としては、当然ながら「生徒を進級させること」が最低限の役目だった。
しかし、どうしようもないものはどうしようもない。「……まあ、制服を買わなくて良くなったとでも思っておいたらいいんじゃないですか……?」汐はぽつりとこぼした。
この学校は、なぜか毎年新しい制服を買わされるという理不尽なルールがある。
進級しないということは、新しい制服を買わなくて済むという意味でもあった。「この学校って毎年制服買わせられるよな。それだけは理不尽だと思ってたから、来年も留年しようかな」紘がふざけたように言うと、汐は一瞬目を丸くし、次の瞬間には頭を抱えた。「だから……いつかは進学するんですよ? それか高校中退ですよ?」汐の声には、呆れと微かな諦めが混じっている。
弟も自分も、この高校で普通に過ごし、進級するのが当たり前だと思っていた。
けれど、こうして目の前には“一年生を二回やる”ことになった生徒たちがいる。
普通に過ごしていたら、こんなことにはならないはずなのに。
それができる、この二人がむしろすごいのではないか——そんな気すらしてきた。
汐は深くため息をついた。
——これから一年間、どうなることやら。「……それで、これからどうするんですか?」汐が腕を組んで二人を睨む。
理と紘は顔を見合わせると、微妙な表情で目を逸らした。「どうするも何も……とりあえず一年生をもう一回やるしかねぇだろ」
「マジで人生ハードモードすぎる」紘は後頭部を掻きながらため息をついた。「俺さ、今まで“一年生の時はこうだったよな〜”って後輩に語れる立場だったわけじゃん?」
「まあ、俺らも上級生だったしな」
「それがさ、また一年生になるってことは……俺、後輩のフリしなきゃなんないわけ?」
「いや、別にフリする必要ある?」
「あるだろ! いきなり一年の教室入って“お、元気してるか?”とか言えるか? 逆に後輩面されるんだぞ? 俺、弟に先輩ヅラされるとか耐えられねぇ……」紘は頭を抱えた。「確かに、お前が“斉藤誠の兄貴”じゃなくて、“斉藤誠のクラスメイト”になるの、結構ウケるわ」
「煽るなよ! てか、お前はどうなんだよ?」
「俺? 俺は……まあ、なるようになるかな」
「お前、それで今こうなったんだろうが!」紘が怒鳴ると、理は肩をすくめた。「まあまあ……一年生を二回やるのも、貴重な経験じゃん?」
「貴重じゃなくて黒歴史なんだよ!」
「まあまあ、あなたたちがどう考えようと、進級はできないので、来年も一年生ですからね?」汐が静かに念を押した。「……はぁ……俺らってやっぱバカなのかな」
「今気づいた?」
「お前もだろ!」
「まあ、あれだよ。来年からはさ、俺らもう“一年の先輩”ってことで」
「意味わかんねぇよ」そんなわけで、“一年生二周目”が確定した二人。
周りからの視線がどうなるのかは、まだわからない——が、少なくとも、彼らはこの状況をあまり深刻には捉えていないようだった。「……で、さっきも言ったけど、制服を買い直さなくていいのは助かったよな」
「ほんとそれ。あと、一年の教科書、俺らもう持ってるから買わなくていいな」
「いや、授業受ける気あるのか?」汐は呆れた顔で二人を見つめた。「二人とも、次留年したら“一年生三回目”ですよ?」
「……それは、ちょっとヤバいかも」
「いや、ヤバいって気づくのおっそ」
「とりあえず、来年はなるべく授業に出ような」
「そうだな……“なるべく”な」
「信用ならないですね」汐は再びため息をついた。
こうして、“留年コンビの一年生リターンズ”が幕を開けるのだった——。
辻一 美学「美学、か……。
正直、そんなものを語る柄じゃないんだが……まあ、俺なりに考えてみるとするか。
俺にとっての“美”とは、“理(ことわり)”の中にある。世界の仕組みが、あるべき形で成り立っていること。それこそが、美しさだと思う。
人はみんな、意味のあるところに安堵する。太陽が昇り、月が満ち欠けし、海が流れ、山がそびえる。それが“そうあるべきもの”だからこそ、俺たちは安心できるんだ。世界が理に適っている限り、そこに秩序が生まれる。そして、秩序こそが美しい。
だが、世の中には“理から外れたもの”が多すぎる。たとえば、正しく生きた人間が不幸になる。嘘をついた者が成功する。生まれた場所や境遇だけで、未来が決まる。そんなものは、本来“あるべき姿”じゃない。歪んでる。
……だから、俺は考える。
“あるべきものを、あるべき場所に戻す”ことができるなら、それこそが“美”なんじゃないか、と。
人が本来生きるべき人生を奪われないように。
世界が本来の形を失わないように。
そのために、俺は動く。動かざるを得ない。美しさとは、秩序であり、調和であり、理そのものだ。
もし、それを乱す何かがあるなら……俺は、それを正す。世界が美しくあるために。」
榊原凛 美学「美学……っスか? いやぁ、自分、そんなカッコいいもん持ってねぇッスよ? そういうのは、もっと頭いい人とか、哲学的なこと考えてる人が語るもんじゃないッスかね?」
凛はそう言って、いつものように笑う。
だが、少し考えてから、ぽつりと呟いた。
「……でもまぁ、強いて言うなら……“誰かを守れる自分”が、美しいって思うッスね。」
別に、正義感が強いわけじゃない。
昔から、自分が“何かのために戦う”なんて、大層なことを考えたことはなかった。
でも、目の前で困ってる奴がいたら、手を差し伸べる。
目の前で泣いてる子供がいたら、笑わせる。
そんで、それを当たり前にできる人間が——“かっこいい”と思うんスよ。
だから、██さん——誰か——を尊敬してた。
██は、どんな時でも“そうあるべき姿”を貫いてた……警察官として、人間として、ひとつもブレなかった……って、多分。どこの、なんの記憶だろう。
でも……そんなの、普通はできることじゃないッスよ。
「自分は……そういう意味じゃ、まだまだッスね。
頭もよくねぇし、冷静な判断も苦手だし、██さんみたいに完璧にはなれねぇッス。
でも、それでも——誰かを助けられるなら、それでいいかなって思うッス。」
子供が泣いてたら、一緒に遊ぶ。
仲間が困ってたら、手を貸す。
家族が悲しんでたら、そばにいる。
それくらいしかできねぇけど、それくらいはやれる。
「誰かのために動けるヤツは、やっぱ美しいッスよ。
自分も、そういう“かっこいい大人”になりたいッスね。」
そう言って、凛は笑った。
まるで、子供みたいに。
中畑玲 美学「美学?はは、君は面白いことを聞くね……
そんな大層なもの、俺は持ってないよ。
でも、まぁ“美しい”って感じる瞬間なら、確かにある。
俺にとっての美しさは、勝負の中にあるものだ。
ギャンブルでも、ジャーナリズムでも、結局大事なのは“賭ける”ことだと思ってる。
自分の選択に、何かを懸けられるかどうか。
それができる人間は、美しいよね。
賭け事の本質は、勝つことじゃない。
“何を懸けるか”が重要なんだ。
金か、命か、誇りか——人によって違うだろうけど、
大事なものを賭けて、本気で勝負する。
その瞬間、人は一番“生きてる”って実感するものだよ。
海外を飛び回って、いろんな勝負を見てきた。
命を懸けたポーカー、何百万ドルが動くカジノ、政治的な駆け引き、情報戦……
結局のところ、“賭けられる覚悟”を持ってる人間だけが、面白い人生を送るんだ。
逆に、何も懸けないで安全な道ばかり選ぶ人間には、美しさはないね。
どんなに賢くても、どんなに計算してても、結局”負けるリスク”から逃げてるだけなら、それはただの凡人だ。まぁ、俺は幸運の持ち主だからね。
今まで大きな負けを知らないけど——
それでも、もし負ける時が来るなら、それは俺が“何かを懸けた証”だ。
それなら、それで悪くない。つまり、俺の美学はシンプルさ。
“本気で賭ける”ってこと。
それができる人間こそ、美しいと思うよ。」
結界師カイ 美学「美学、ですか? そうですね……僕にとっての“美”は、調和の中にあるものだと思っています。
世界というのは、常にバランスの上に成り立っています。
秩序と混沌、生と死、創造と破壊……それらが釣り合っているからこそ、すべてが綺麗に成り立っているんです。
僕の役割は、結界を張り、境界を作ることですが、それもまた調和を守るためのものです。
綺麗すぎる世界は、どこか気持ちが悪い。
けれど、滅びだけが支配する世界も、美しくない。
だからこそ、僕は“ちょうどいいバランス”というものを大切にしたいんです。
それは、人の生き方にも言えることかもしれません。人はみんな、何かを守ろうとします。
家族だったり、大切な場所だったり、自分の信念だったり……。
けれど、守ることだけが美しさではない。
時には、壊すこと、手放すこと、受け入れること——
そういった選択の中にも、美しさはあるんです。
僕自身も、いつか“手放さなければならないもの”があるのでしょうね。
それがどんな結末になろうと、最後の瞬間まで調和を保つことができたなら、それでいいと思っています。美しさは、完璧の中にはない。
“ちょうどいい”ところにこそ、本当の美があるんです。」
Crocusキャラ 一問一答!「好きな異性のタイプは?」■佐藤優「うーん……いや、なんか恥ずかしいなこれ……。
……まぁ、あえて言うなら、一緒にいて落ち着く人かな。
気を遣いすぎるのは疲れるし、かといって適当すぎるのも困るし……。
自然体でいられる人がいい、って感じ?」■山田環「はぁ!? なんで俺がそんなこと答えなきゃいけねーんだよ!
……いや、待て、考えるだけならタダか。
……一緒にふざけられるやつ? あと、怖いのは苦手だから優しいのは絶対だな……
でも静かすぎると逆に緊張するしな……」■渡部孝「異性のタイプ? いやー、あんまり考えたことないんだけど……。
僕の話をちゃんと聞いてくれる人がいいかな?
あと、一緒に機械いじりに付き合ってくれる人とか。
え? そんなやついない? うん、僕もそう思う!」■田中理「……俺のことを放っておいてくれる人。
干渉されるのは面倒くさいし、気を遣われるのも疲れる。
気が向いた時だけ話して、それ以外は自由でいられるのが理想……だな」■斉藤紘「別に考えたことねぇけど……可愛げがあるやつ?
俺、気の強いのはちょっとめんどくせぇし……。
まあ、でも“俺に逆らわない”っていうのは、絶対条件だな」■茂山汐「えっ!? いや、私そういうのはあんまり考えたことないんですけど……。
えーっと、私より身長が低い、とか……?」■斉藤萌「……(しばらく黙っている)……優しい人……かな。
強い人もかっこいいと思うけど、
私には、そばにいてくれる優しい人の方が、落ち着く……」■斉藤誠「えっ!? 好きなタイプ!? そんなん聞かれるんだ!
うーん、俺は……元気で、一緒に遊んでくれる人とか……!
活発な子の方が、楽しくて好きだなー!」■田中文「別に興味ないけど? どうせロクなやついないし。
……でも、強いて言うなら、金があって、全部面倒見てくれる人?
こっちは養われる気満々だからねー」■夕凪「えっ、えっ!? そ、それってつまり……
え、じゃあ……眼鏡で、知的で、ちょっとミステリアスな人!!
……あれ、これどこかで見たような」■榊原凛「好きなタイプ……? いやー、そんなの考えたことねぇッスけど……もう、奥さんいるし……
でも、子供好きな人は、やっぱりいいなって思うッスね!
家族とか、大切にできる人の方が……うん、なんか素敵ッスよね」■辻一「……俺か? そうだな……精神的に自立している人がいい。
お互いに支え合うことは大事だが、依存し合うのは違うと思うからな」■水谷光「“好きなタイプ”という概念には、あまり興味がないね
もし選ぶなら……観察していて飽きない人とかかな?
変化がなくて予測可能な人は、少々退屈だからね」■田付澪「特にこだわりはないけど……ファッションとか、ぬいぐるみをバカにしない人。
あと、騒がしくない人がいい。静かに過ごしたいからね」■中畑玲「ふふ、これは面白い質問だね。
そうだな、俺は……“勝負に出られる人”が好きかな。
何かを賭けられる覚悟のある人って、見ていて気持ちがいいからね。
……だからと言って、なにかと俺に囚われるのも良くないけどね」■カイ(伽)「……僕は、あまりそういうことを考えたことはないですが……
誰かのために動ける人は、素敵だなと思います。
自分のためだけじゃなく、誰かのために何かをする人は……とても、美しいですね」■小野寺涼「好きなタイプ? そんなの、特にないけど。
……まぁ、強いて言うなら、俺に関わってこない人かな」